肉親ゆえに助けを求められないこともある・・・紙一重の防波堤は近隣の声掛け
大阪のマンションでの2児の放置死亡事件、本当に胸が痛みます。
かわいそうでニュースを直視できませんでした。
自分のマンションの隣でそんなことが起こったら・・・と思うと、とても住み続けられない気がします。
児童相談所に通報しながら、助けられなかった近隣の女性の涙が忘れられません。
母親の心の闇は簡単に論じられるものではありません。
しかし、間違いなく、深い孤独は時として人の心を狂わせます。
厳しい環境で働きながら誰にも助けてもらえず一人で子育てしている母親の精神状態は、
ぎりぎりのところにあります。
事件を起こすかどうかは紙一重だという声もありました。
近隣の人のちょっとした声掛けが、その紙一重の防波堤にもなるのです。
肉親というのは実は複雑です。
親しいからこそ、感情が行き違っていて、助けを求められないという現状はよくあることです。
自分を振り返ってもそういうことがありした。
安心したい一心で「だいじょうぶか、だいじょうぶか」と聞いてくる母親に、いっしょうけんめい「だいじょうぶよ」と安心させて、
電話を切った後の孤独感と疲れ・・・って今でもリアルに思い出します。
自分が未熟ゆえのことだと今では思いますが、
そのときは、親のことを本当jに思いやる心の余裕がなく、親の心配からとにかく逃れたかった自分がいます。
親だからいつでも誰でもSOSを暖かく受け止め助けてくれるとは限らないのです。
親子だから傷付けあってしまうということもあります。
そんなとき、助けになるのは、ごく普通の隣人です。ちょっと声をかけてくれる近所のやさしい人の存在が大きいのです。
自分や子供たちの存在を気にかけてくれている人がいるということが大きいのです。
私が、いろいろなことがあった中で、2人の子供を育てながら、仕事を続けて、概ね明るく生きてこられたのも、
周りの人の目に見えない手助けあってのことと改めて思います。
マンションは、ほんとうに私にとってありがたい住まい方でした。
だから、今、私は、感謝を込めて恩返しをしたいのかもしれません。
その当時より、構造的にも、人との関係性においても、つながりが持ちにくくなっているマンションで、
今も肉親との縁が切れ近隣ともつながらず、紙一重の孤独を抱いている人をなくしたいと。
それは、決して他人事ではないのです。
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オナ二−の手伝いで行ったら、
野外露出の手伝いさせられたでござる(´・ω・`)
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投稿: ブルマ侍 | 2010年10月26日 (火) 14時08分